信濃路の旅
[No.446] 2009/05/06 (Wed) 16:29 [ 自然 −旅先 ]
この連休を利用して信濃路(長野県)を旅しました。
30数年前、教員になって初めて貰った給料で、5月の連休に旅したところが信州だったので、その思い出をたどるノスタルジーの旅でした。
今も昔も、連休の時期の信州は、ちょうどりんごの白い花が見られます。

善光寺 ご本尊と金糸で結ばれた回向柱(えこうばしら)にさわると御利益(ごりやく)があると信仰されている
まず善光寺に立ち寄りました。善光寺は今年がご開帳の年にあたっており、にぎやかでした。
30数年前と違う点は、私が最近「ご朱印」の収集に熱心なことで、早速善光寺のご朱印をゲットしました。


姨捨公園より善光寺平(だいら)の眺望 見渡す一帯は川中島の古戦場でもあった
次に篠ノ井線姨捨駅に行きました。教員になりたての頃、姥捨駅から見た善光寺平の風景(日本三大車窓の一つ)が見たくて、初月給をはたいてやってきたところです。当時は井上靖『姨捨』という姨捨伝説に取材した短編小説が評判になっており、その文庫本を片手に駅に降り立ちました。初月給を使って思い出に残る旅をしようと思い選んだ場所でした。
姥捨駅から諏訪湖にやってきました。
今回の旅の目的の一つには、吉村昭の歴史小説『天狗争乱』を読んだので、その幕末の事件に登場する現場をこの目でみたい、という気持ちがありました。

曇り空の諏訪湖
諏訪湖の近くには中山道の宿場の一つ和田宿や下諏訪宿があります。
水戸の天狗党は、和田峠を越えたあたりで、幕府の命を受けた松本藩、高島藩の連合軍と戦い、これを撃破し、下諏訪宿で小休止して体勢をととのえたと伝えられています。
レジャーボートの浮かぶ諏訪湖は145年前の天狗党の争乱をよそに、波静かでした。
天狗党はその後、伊那街道を西に進み、飯田藩領を通過し、駒場宿から急峻の清内路(せいないじ)峠を経て、中山道の妻籠(つまご)宿に入りました。
私は上諏訪駅前でレンタカーを借りて、天狗党の進んだ道をなぞりながら木曽路を走りました。(といっても中央高速を使ったり、飯田市内からは256号線を走ったりしましたが)。

花桃街道

花桃 清内路(せいないじ)村
途中、清内路村の花桃がきれいでした。
明治時代の小説家 島崎藤村は、中山道 馬籠(まごめ)宿の本陣の息子だったそうで、彼は『夜明け前』の書き出しで、次のように書いています。
木曾路(きそじ)はすべて山の中である。あるところは岨(そば)づたいに行く崖(がけ)の道であり、 あるところは数十間の深さに臨む木曾川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である。一筋の街道(かいどう)はこの深い森林地帯を貫いていた。
実際に現地に行ってみると、この書き出しのとおりでした。

旧中山道
島崎藤村は正確に、忠実に事実を伝えようとしているな、と思いました。
妻籠宿、馬籠宿は現在も江戸時代の町並みが保存されていて、大勢の歴史ファン、文学ファンが石畳の旧街道を散策していました。

妻籠宿 映画「座頭市」のロケーションに使われた場所

中山道 馬籠宿の道標 京へ五十二里半 江戸へ八十里半
木曽の山々の青葉若葉の美しさに見とれ、水戸天狗党 千人の苦しい戦いの道中を思い、ロックシンガー忌野清志郎(私の前任校 国分寺市立三中の卒業生だった)の死を悼んだ連休の旅でした。
30数年前、教員になって初めて貰った給料で、5月の連休に旅したところが信州だったので、その思い出をたどるノスタルジーの旅でした。
今も昔も、連休の時期の信州は、ちょうどりんごの白い花が見られます。

善光寺 ご本尊と金糸で結ばれた回向柱(えこうばしら)にさわると御利益(ごりやく)があると信仰されている
まず善光寺に立ち寄りました。善光寺は今年がご開帳の年にあたっており、にぎやかでした。
30数年前と違う点は、私が最近「ご朱印」の収集に熱心なことで、早速善光寺のご朱印をゲットしました。


姨捨公園より善光寺平(だいら)の眺望 見渡す一帯は川中島の古戦場でもあった
次に篠ノ井線姨捨駅に行きました。教員になりたての頃、姥捨駅から見た善光寺平の風景(日本三大車窓の一つ)が見たくて、初月給をはたいてやってきたところです。当時は井上靖『姨捨』という姨捨伝説に取材した短編小説が評判になっており、その文庫本を片手に駅に降り立ちました。初月給を使って思い出に残る旅をしようと思い選んだ場所でした。
姥捨駅から諏訪湖にやってきました。
今回の旅の目的の一つには、吉村昭の歴史小説『天狗争乱』を読んだので、その幕末の事件に登場する現場をこの目でみたい、という気持ちがありました。

曇り空の諏訪湖
諏訪湖の近くには中山道の宿場の一つ和田宿や下諏訪宿があります。
水戸の天狗党は、和田峠を越えたあたりで、幕府の命を受けた松本藩、高島藩の連合軍と戦い、これを撃破し、下諏訪宿で小休止して体勢をととのえたと伝えられています。
レジャーボートの浮かぶ諏訪湖は145年前の天狗党の争乱をよそに、波静かでした。
天狗党はその後、伊那街道を西に進み、飯田藩領を通過し、駒場宿から急峻の清内路(せいないじ)峠を経て、中山道の妻籠(つまご)宿に入りました。
私は上諏訪駅前でレンタカーを借りて、天狗党の進んだ道をなぞりながら木曽路を走りました。(といっても中央高速を使ったり、飯田市内からは256号線を走ったりしましたが)。

花桃街道

花桃 清内路(せいないじ)村
途中、清内路村の花桃がきれいでした。
明治時代の小説家 島崎藤村は、中山道 馬籠(まごめ)宿の本陣の息子だったそうで、彼は『夜明け前』の書き出しで、次のように書いています。
木曾路(きそじ)はすべて山の中である。あるところは岨(そば)づたいに行く崖(がけ)の道であり、 あるところは数十間の深さに臨む木曾川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である。一筋の街道(かいどう)はこの深い森林地帯を貫いていた。
実際に現地に行ってみると、この書き出しのとおりでした。

旧中山道
島崎藤村は正確に、忠実に事実を伝えようとしているな、と思いました。
妻籠宿、馬籠宿は現在も江戸時代の町並みが保存されていて、大勢の歴史ファン、文学ファンが石畳の旧街道を散策していました。

妻籠宿 映画「座頭市」のロケーションに使われた場所

中山道 馬籠宿の道標 京へ五十二里半 江戸へ八十里半
木曽の山々の青葉若葉の美しさに見とれ、水戸天狗党 千人の苦しい戦いの道中を思い、ロックシンガー忌野清志郎(私の前任校 国分寺市立三中の卒業生だった)の死を悼んだ連休の旅でした。
水戸の梅祭り
[No.416] 2009/02/23 (Mon) 20:10 [ 自然 −旅先 ]
先週末はぽかぽか陽気でした。
梅の花が一気に咲きそろうかもしれないと思えるほどのいい天気でした。
私は陽気に誘われて、茨城県水戸市の偕楽園をたずねることにしました。
水戸は特急で1時間ほどの、気軽に出かけられる土地です。
かねてより偕楽園の梅を見たいと思っていましたが、もう一つには、幕末の水戸藩の学問所「弘道館」の旧跡をたずねたいと思っていました。

行楽日和でした

18ヘクタールの梅園

好文亭二階より 偕楽園を望む

茶室の書「巧詐は拙誠に如かず」

弘道館の白梅

扁額 芸に遊ぶ
弘道館には徳川十五代将軍慶喜(よしのぶ)が大政奉還をしたあと、しばらく蟄居(ちっきょ)していたといわれる座敷がありました。

将軍慶喜の使った長持ち
座敷は当時のままなのだそうですが、タタミには美しい緑色の葵の紋の縁取りがしてありました。
桜田門外の変、天狗党の争乱、弘道館戦争…
幕末の激しい歴史の舞台の一つだった弘道館の中庭には、梅のほのかな香りが流れていました。
梅の花が一気に咲きそろうかもしれないと思えるほどのいい天気でした。
私は陽気に誘われて、茨城県水戸市の偕楽園をたずねることにしました。
水戸は特急で1時間ほどの、気軽に出かけられる土地です。
かねてより偕楽園の梅を見たいと思っていましたが、もう一つには、幕末の水戸藩の学問所「弘道館」の旧跡をたずねたいと思っていました。

行楽日和でした

18ヘクタールの梅園

好文亭二階より 偕楽園を望む

茶室の書「巧詐は拙誠に如かず」

弘道館の白梅

扁額 芸に遊ぶ
弘道館には徳川十五代将軍慶喜(よしのぶ)が大政奉還をしたあと、しばらく蟄居(ちっきょ)していたといわれる座敷がありました。

将軍慶喜の使った長持ち
座敷は当時のままなのだそうですが、タタミには美しい緑色の葵の紋の縁取りがしてありました。
桜田門外の変、天狗党の争乱、弘道館戦争…
幕末の激しい歴史の舞台の一つだった弘道館の中庭には、梅のほのかな香りが流れていました。
河津さくら
[No.407] 2009/02/10 (Tue) 14:38 [ 自然 −旅先 ]
世界遺産への旅―白川郷
[No.355] 2008/08/18 (Mon) 23:52 [ 自然 −旅先 ]
皆さん、こんにちは。
私はこの週末、夏休みをいただいて、旅行に行ってきました。
行き先は岐阜県の合掌造り集落・白川郷です。
昨年は石見銀山、その前年は安芸の宮島というように、このところ世界遺産の土地を訪ねていますので、その流れで、前々から訪れてみたいと思っていた白川郷を選びました。

雨上がりの白川郷

綺麗な合掌造り

合掌造り・近景

スイカを冷やしている

百日紅が似合う

コスモスが咲いていた
世界遺産・合掌造り白川郷集落は、花の咲き乱れる静かな山間の村でした。
自分たちの生活技術を大切にし、伝統を誇りにしていることが、田んぼのあぜ道を歩いている時にも感じられるほどの、落ち着いた村でした。
合掌造りの住居は単なる見世物ではなく、今も人が住み、生活している場だということを知って、より親しみが湧きました。
私はこの週末、夏休みをいただいて、旅行に行ってきました。
行き先は岐阜県の合掌造り集落・白川郷です。
昨年は石見銀山、その前年は安芸の宮島というように、このところ世界遺産の土地を訪ねていますので、その流れで、前々から訪れてみたいと思っていた白川郷を選びました。

雨上がりの白川郷

綺麗な合掌造り

合掌造り・近景

スイカを冷やしている

百日紅が似合う

コスモスが咲いていた
世界遺産・合掌造り白川郷集落は、花の咲き乱れる静かな山間の村でした。
自分たちの生活技術を大切にし、伝統を誇りにしていることが、田んぼのあぜ道を歩いている時にも感じられるほどの、落ち着いた村でした。
合掌造りの住居は単なる見世物ではなく、今も人が住み、生活している場だということを知って、より親しみが湧きました。
名勝 渉成園のジャコウアゲハ
[No.267] 2008/05/21 (Wed) 23:44 [ 自然 −旅先 ]
2泊3日の奈良・京都への修学旅行から昨日戻ってきたばかりです。
今日は所用で来校される方があり、普通に出勤しました。
その用事が終わり、ひと息ついて思い出すのは、素晴らしかった古都への旅のことです。

渉成園(しょうせいえん)入り口
私にとって『渉成園』は忘れられない場所になりそうです。
生徒たちが体験学習で訪れる、京扇子の絵付け教室のすぐ近くにありました。京都駅から徒歩10分くらいのところです。
名前を聞いたことがなかったので、入り口の案内を読んでみました。

滴水軒(てきすいけん)。 ショウブが咲いていました。
「渉成園は周りにカラタチを植えたことから枳殻邸(きこくてい)とも呼ばれる。三代将軍家光から寄進された土地に、詩歌、能・狂言、茶の湯に親しむ場として整備された。頼山陽(らいさんよう)をはじめとする江戸時代の文人が訪れた。明治天皇も訪問された。」という趣旨のことが書いてありました。
受付の方の話では「30分くらいでざっと一回りできますよ」ということだったので、入ってみました。

漱枕居(そうちんきょ)。池のほとりの茶室です。
なかなか素晴らしい庭園でした。京都らしく仏寺庭園で、仏教の教えにのっとって作庭されているのだそうです。

睡蓮
庭園内の池にはハスの花が涼しげに咲いていました。泥の中に根を張りながら、泥にまみれることなく美しい花を咲かせる姿が、仏教の教えと一致するのだそうです。
この庭園は外敵の侵入を防ぐために、トゲのあるカラタチを生垣にして、周囲を囲っていました。そのため、カラタチの葉を好むアゲハチョウの仲間が吸蜜している姿が見られました。

カラタチの生垣

アオスジアゲハの吸蜜。花はトベラか。

ジャコウアゲハ
思いがけず、京都の古色豊かな庭園で、以前からあこがれていたアオスジアゲハやジャコウアゲハの撮影ができたので、とても嬉しかったです。
京都の庭園には自然が豊かに息づいていることを体験できました。
今日は所用で来校される方があり、普通に出勤しました。
その用事が終わり、ひと息ついて思い出すのは、素晴らしかった古都への旅のことです。

渉成園(しょうせいえん)入り口
私にとって『渉成園』は忘れられない場所になりそうです。
生徒たちが体験学習で訪れる、京扇子の絵付け教室のすぐ近くにありました。京都駅から徒歩10分くらいのところです。
名前を聞いたことがなかったので、入り口の案内を読んでみました。

滴水軒(てきすいけん)。 ショウブが咲いていました。
「渉成園は周りにカラタチを植えたことから枳殻邸(きこくてい)とも呼ばれる。三代将軍家光から寄進された土地に、詩歌、能・狂言、茶の湯に親しむ場として整備された。頼山陽(らいさんよう)をはじめとする江戸時代の文人が訪れた。明治天皇も訪問された。」という趣旨のことが書いてありました。
受付の方の話では「30分くらいでざっと一回りできますよ」ということだったので、入ってみました。

漱枕居(そうちんきょ)。池のほとりの茶室です。
なかなか素晴らしい庭園でした。京都らしく仏寺庭園で、仏教の教えにのっとって作庭されているのだそうです。

睡蓮
庭園内の池にはハスの花が涼しげに咲いていました。泥の中に根を張りながら、泥にまみれることなく美しい花を咲かせる姿が、仏教の教えと一致するのだそうです。
この庭園は外敵の侵入を防ぐために、トゲのあるカラタチを生垣にして、周囲を囲っていました。そのため、カラタチの葉を好むアゲハチョウの仲間が吸蜜している姿が見られました。

カラタチの生垣

アオスジアゲハの吸蜜。花はトベラか。

ジャコウアゲハ
思いがけず、京都の古色豊かな庭園で、以前からあこがれていたアオスジアゲハやジャコウアゲハの撮影ができたので、とても嬉しかったです。
京都の庭園には自然が豊かに息づいていることを体験できました。
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