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谷中中校長室だより

地域・保護者の皆さんにいっそう信頼される学校を目指し、よりタイムリーに学校の様子をお知らせします。

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信濃路の旅

この連休を利用して信濃路(長野県)を旅しました。

30数年前、教員になって初めて貰った給料で、5月の連休に旅したところが信州だったので、その思い出をたどるノスタルジーの旅でした。

今も昔も、連休の時期の信州は、ちょうどりんごの白い花が見られます。

08 善光寺
善光寺  ご本尊と金糸で結ばれた回向柱(えこうばしら)にさわると御利益(ごりやく)があると信仰されている


まず善光寺に立ち寄りました。善光寺は今年がご開帳の年にあたっており、にぎやかでした。

30数年前と違う点は、私が最近「ご朱印」の収集に熱心なことで、早速善光寺のご朱印をゲットしました。

05 駅名標識

04 善光寺平の眺望
姨捨公園より善光寺平(だいら)の眺望 見渡す一帯は川中島の古戦場でもあった


次に篠ノ井線姨捨駅に行きました。教員になりたての頃、姥捨駅から見た善光寺平の風景(日本三大車窓の一つ)が見たくて、初月給をはたいてやってきたところです。当時は井上靖『姨捨』という姨捨伝説に取材した短編小説が評判になっており、その文庫本を片手に駅に降り立ちました。初月給を使って思い出に残る旅をしようと思い選んだ場所でした。

姥捨駅から諏訪湖にやってきました。

今回の旅の目的の一つには、吉村昭の歴史小説『天狗争乱』を読んだので、その幕末の事件に登場する現場をこの目でみたい、という気持ちがありました。

20 諏訪湖 moto
曇り空の諏訪湖


諏訪湖の近くには中山道の宿場の一つ和田宿や下諏訪宿があります。

水戸の天狗党は、和田峠を越えたあたりで、幕府の命を受けた松本藩、高島藩の連合軍と戦い、これを撃破し、下諏訪宿で小休止して体勢をととのえたと伝えられています。

レジャーボートの浮かぶ諏訪湖は145年前の天狗党の争乱をよそに、波静かでした。

天狗党はその後、伊那街道を西に進み、飯田藩領を通過し、駒場宿から急峻の清内路(せいないじ)峠を経て、中山道の妻籠(つまご)宿に入りました。

私は上諏訪駅前でレンタカーを借りて、天狗党の進んだ道をなぞりながら木曽路を走りました。(といっても中央高速を使ったり、飯田市内からは256号線を走ったりしましたが)。

11 はなもも街道
花桃街道


06 花桃
花桃 清内路(せいないじ)村


途中、清内路村の花桃がきれいでした。

明治時代の小説家 島崎藤村は、中山道 馬籠(まごめ)宿の本陣の息子だったそうで、彼は『夜明け前』の書き出しで、次のように書いています。

 木曾路(きそじ)はすべて山の中である。あるところは岨(そば)づたいに行く崖(がけ)の道であり、 あるところは数十間の深さに臨む木曾川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である。一筋の街道(かいどう)はこの深い森林地帯を貫いていた。

実際に現地に行ってみると、この書き出しのとおりでした。

14 旧中山道
旧中山道


島崎藤村は正確に、忠実に事実を伝えようとしているな、と思いました。

妻籠宿、馬籠宿は現在も江戸時代の町並みが保存されていて、大勢の歴史ファン、文学ファンが石畳の旧街道を散策していました。

13 妻籠宿2
妻籠宿 映画「座頭市」のロケーションに使われた場所


17 馬籠
中山道 馬籠宿の道標 京へ五十二里半 江戸へ八十里半


木曽の山々の青葉若葉の美しさに見とれ、水戸天狗党 千人の苦しい戦いの道中を思い、ロックシンガー忌野清志郎(私の前任校 国分寺市立三中の卒業生だった)の死を悼んだ連休の旅でした。
















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コメント

kobaさんの実家は長野だったんですね。昔の日本の風景が残っている、よいところですね。今回の旅では、そば、おやき、五平餅、馬刺しなど信州の味を堪能しました。秋の信州にも行ってみたいと思いました。

連休中、先生も長野にいらしていたのですね。
私も家族で実家に帰省し、善光寺にも足を運びました。
回向柱に…と思いましたが、あまりの人の多さに断念し(^^;)、普通にお参りだけして帰ってきました。
今頃の長野は、本当に気持ちがいいです。
もう少し、ゆっくりと満喫してきたかったなあ…と思います。

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谷中中学校とは?

 本庄文男

Author: 本庄文男
東京都の北端に足立区があり、区の東部に谷中(やなか)中学校があります。
学校の自由選択制度のもと、一時は生徒数が激減しましたが、先生たちの頑張りと保護者や地域の人々の応援を得て、ひと学年のクラス数が、2→3→4と年々増加し、徐々に生徒が戻ってきました。このブログでは、そんな谷中中学校の日々の顛末(てんまつ)を記します。
なお、 谷中中学校HP も併せてご覧ください。

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